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「プレゼンテーションの極意」(川崎和男) 読了

前々から一度は読んでおこうと思っていた本の1つが「プレゼンテーションの極意」です。
常々、本の読むスピードが遅い私ですが、この本はかなりすんなり読めたように思います。本の構成が一つ一つのストーリーで細かく分かれていて、それぞれにまとめが分かりやすく書いてあったのが自分が読みやすいと感じた理由かもしれません(ショートショートの広場とかは昔から好きでよく読んでたので短編集ならすんなり読めるんだよなぁ)。
大きくまとめて、本書はプレゼンテーションツールの話ではありません。プレゼンテーションというモノに対する姿勢について書かれたものであると思いました。

デザイナーとしての心構え・発想法


本は大きく括ると4章から成っているのですが、1,2章はプレゼンテーションの話というよりも、それ以前のデザイナーとしての心構えの話であるようにも感じました。
特に、最初の部分は『アイディアを実現化できないデザイナーは、なんの存在意義ももたない。』などと書かれていて、これはプレゼンテーション以前にデザイナーの話だなぁと思いました。


第1章は「発想・表現・伝達」というこの3つの要素を常に意識して考える必要があるということがテーマでした。
読んでいてこれは自分に欠落しているなぁといきなり感じました。発想の段階ですでに、じゃあそれをどうやって表現して、そしてそれをどのように伝えればいいのかまで考えられるようになるのは、なかなか訓練がいるだろうなぁと思います。
自分が常にしている考え方は、「なんでこうなっているのだろう?」という疑問から始まり、「こうなればいいのに」という未来を想像して、「こうしよう」という解決を見つけ出すというモノであったと思います。この中には発想と表現にあたるモノはあっても、肝心の「伝達」が抜けていたなぁと…。もちろん「伝達」することについて考えることもありますが、発想・表現を想像する段階で「伝達」することについて考えていたかといえば、そうも言えない気がします。
また、伝達し受け入れてもらうために最も大切なことは『説得する本人がどれだけ自分の創ったモノや発想に対して、心から愛着を持っているか』だと言っているのですが、これも自分にはないのかもしれません。私はよく自分が過去に創ったモノに対して否定的なことがあるのです。まぁ、自分でもこれは良くないよなぁとは思っているのですが…。
発想して創り出したものが社会に受け入れられて初めてデザインだと考えれば、誰にも受け入れられず(伝わらず)自己の世界で完結してしまうのはアートになってしまうんでしょうね。
最初の章はこのように、プレゼンテーションの大切さ・プレゼンテーションをする前にちゃんと考えているか?という呼びかけの章であったようにも感じます。




本をずっと読んでいると、何となく全体を通して感じるものがあるのですが、それが最初に感じられたのが第2章の「わがままと誠実さ」という内容でした。
ここで言う「わがまま」というのは、もちろん自分の利益のためのわがままではないです。デザイナーにとっての「わがまま」とは『社会をより改善したいという強い願い』だということです。
自分の気ままに考えたモノが、果たして社会のためになるのか?と自問をつづけることによって初めて「わがまま」が生まれるのです。これは本の中で「思いつき」と「思い込み」という表現で表されているのですが、プレゼンテーションによって伝達するためにはそこに「思いやり」が必要だと述べています。「思いやり」というのはつまり「誠実さ」から生まれてくるモノです。
「わがままと誠実さ」というある種対極にも感じられるモノの両方が必要だという発想は本の随所に述べられていたように感じます。それから、それらを心地よく配置し全体に緩急の揺らぎを作ることが大事だと…。



プレゼンテーションをするにあたって

第3章は、プレゼンテーションをするならこういうことに気をつけるとよいというような内容を細かくいくつかのことに分けて述べられています。
私は学生の頃から、課題を与えられて、それについて発表するという機会が何度もあったので、そのときの経験からプレゼンテーションにはある種のエンターテイメント性が必要だと思っているのですが、この本にもそれに似たようなことが書かれていたように思います(最近の私は、プレゼンテーションに関わらず普段の生活のどれをとってもエンターテイメントだと考えられると思っているのですが…)。
相手に楽しんでもらうことはもちろんですが、自分が楽しんでいるのかというのはすごく大事な要素だと思っています。自分で考えてこんなの創りたい!って思ったときもそうですが、こんなの楽しいでしょう?って自分が楽しみながら伝えられているかというのは、そのモチベーションが相手にも伝わる要素だと思うからです。
第1章にもあった「愛着」ということにも通じるのかもしれませんが、「こんなのダメですかね?」というテンションよりも「どうよ、いいでしょう?」っていうテンションの方が、やっぱり相手も楽しめると思いますしね。
本書でも、映像や音楽を効果的に使って、聴衆を飽きさせないことが大事だと書かれているのですが、やはりそう思います。学生のころは、以下に人と違う演出ができるかなんて考えていた頃もあったような気がします(まぁ、行き過ぎたことも多々ありましたが…)。
それから、自分が楽しめているかというのは、相手の疑問・質問に対して答えられるかということにも関わってくるのではないかと思います。
もちろん、相手からどのような疑問や質問があがってくるだろうかと事前に考えておくことはしますが、たまに出てくる予想外の質問に対して対処できるかどうかは、そのプレゼンテーションを自分自身が楽しめているかどうか、自分の中に余裕が持てているかどうかに関わってくるのではないかと思うのです。



本書ではプレゼンテーションツールの使い方について語られることはないのですが、プレゼンテーションにはスライドなどのツールを使って分かりやすく演出するということが一般的です。ツールは使うモノであるというのが本書に書かれている大事なことです。
ツールに使われないようにする、ツールに縛られないようにする、まずどのように演出したいのかを考えて、それを実現するためのツールであるという考えは共感できますし、忘れないようにしたいと思います。
どのように演出し伝えたらよいのか?というのを主体に考えていけば、自ずとそのような考え方ができるのではないかと思いますが、時々忘れがちなときもあるので気をつけようと思います。
(ツールを理解するためにとりあえず使い倒すということも大事だとはい思いますがね…)

まとめ

著者の川崎和男先生はよくパワーポイントを批判することがあるのですが、もちろんパワーポイントというツール自体に全ての問題があるというわけではありません。多くがそれを使っている発表者の怠慢に対しての批判がほとんどだと思います。
自分が発想して創り出したものを受け入れてもらうために、「どのように伝達したらよいか?」ということを真剣に考えることは当たり前のことであるし、それができなければ自己満足で終わったしまうのは当然です。
発想する段階から常にそのことを意識してものづくりをしなければいけないなぁと感じました。
考えてみれば、このようにブログにアウトプットすることを始めようと思ったのも、自分にその力が全然ないと感じたから始めたんでした(未だに全然ダメな感じだと思うけど…)。
最近はアウトプットを意識したインプットをしているつもりではあるけど、まだまだまだまだ未熟だと思います。最近、川崎先生が修行だとつぶやきながらBLOGを書いてるのはそういうことかな(私なんかと一緒にするなと怒鳴られそうですが…)。
相変わらずへたくそで、すみません。